「死んでみたくなる」笑って言う僕に異常などないさ...
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日常の続き
2017年 03月 10日 (金) 06:49 | 編集
10年位前の話。

あの時、あのまま新宿に居たら。
僕はどんな人生を送って居たんだろう。

多分、その内前科がつく様な事に成っていたのは確実で。

今みたいな日常じゃないのが日常に成っていたのかも知れない。


でも、それもIFでしかなくて。
僕が自我を失わない限り嘔吐恐怖って厄介な楔は抜ける事がない。

抜けたらどんなに楽だろうか。

でも、きっと。
今更抜け落ちた所ではもうどうしようもない。


あの時、あのまま。
居続けるのはきっと無理だっただろうし。

その後のあの時に死んでおけば良かったのだろう。

結局死ぬ事も出来ずにだらだら生きて、何もしない。何も出来ない。
今の僕の日常に続いてる。


何も代わり映えしないこの日常に。

ただただその日その日を無駄に消化して老いていくだけの日常。

後、どれだけ無駄に消化していけば終わるんだろうか。



結局何も変わらなかったし、変えられなかったし。
良い事なんて何も無かったし。

今では死にたいと思う事すらあまり思わなくなっている。

それは意思やら環境やらの変化からではなくて、薬の副作用(ある意味作用)でしかない。
同時に何も考えられなくなっているからだ。

以前は色々浮かんでた考えや思考、感情が反強制的に抑制されている。

だから、日記も書けない。
強い衝動や思考に遭わない限り。


僕の日常は、寝て起きて食べて眠るだけ。

何の意味も持たないし、何も楽しくも無いし、何も楽でも無い。

ただ生きてるだけでしかない。

人と関わる事すら嫌に成ってしまった。
ネット上ですらね。

それなのにつまらない。退屈だと思うのは。
関わりたい人と関われなく成ったからだろう。

僕が好意を持つ人には僕は何も必要では無くて不要なモノでしかなくて。

僕なんかに手を差し出してくれる人には申し訳ないけども、僕は必要とはしていなくて。

だから、退屈だ。暇だ。
なんて事も言えなく成ってしまう。

そんな事を繰り返してるから誰も居なくなるんだろう。


それが僕の日常。
それが僕の選択の結果の日常。

早く終わって仕舞えば良いのに。
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