「死んでみたくなる」笑って言う僕に異常などないさ...
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¬Jacta alea est,
2008年 09月 10日 (水) 05:43 | 編集
均衡を破るものは僕なのか。
それとも僕以外なのか。


自分の中だけの世界は虚ろな無だ。真っ白な空白。

自分以外の世界を覗いてみれば、色々な色彩が滲み出ている。

少し隙間を空けてあげれば、それらがゆっくりと、確実に漏れ出してくる。


それを見ながら僕の中の真っ白なモノは少しずつそれらの色に侵食・或いは同調してしまう。


真っ白な空白を望んでる訳ではない。

ただ、原色は僕にはまだ強すぎて眩しすぎるんだ。


思い浮かんだ事も、それを文にし、残しても。
5分と持続しない。
或いは頭の中で纏めてる内に消え去ってしまったりする事も多い。


プラスの思考は持続しない。
マイナスの思考は持続する。

でも、僕だってマイナスを望んでマイナスに変えてる訳ではない。

時としてマイナスも必要だ。
マイナスは客観視出来る冷静を与え、戸惑いを与え、疑問を与える。
これでいいのだろうか。
これで間違っていないのだろうか。


マイナスが全く作用しない世界なんてあっという間に崩壊してしまう。


誰もが絶対にこれは正しいと信じて疑う事すら起こらないからだ。
誰を殺そうが、何を破壊しようが。
それは絶対的に正しいのだ。


プラスの最大値は狂気。


マイナスの最大値は死。

中間にいつも居られればいいのかもしれない。
狂気と死の間は平穏だ。
ゆっくり延々と流れる水流の様に。

ただ、風が吹けば水面は波立ち。
地震が起きれば津波になる。

陽が強すぎれば水は干乾びてしまうし。
毒が流れてくれば犯されてしまう。

それは簡単に、そしてとても些細な事だ。


不変のモノなんて在りはしない。
流れる水も水面は常にまっ平らではないし。
水面の下には水流があり、流される砂や小石が存在する。

そもそもその流れている水自体が常に違うモノなのだ。

水は水だが、同じ水ではない。
でも、水は水だ。
その時と同じ水では無くても水は水でしかない。
全て水素と酸素の化合物だ。


ああ。
つまり何が書きたかったんだっけ。

そうそう。

塞いで閉じ篭るのは簡単なんだ。
凄く。

捨ててくれればすぐさま僕も命を捨てるだろう。

ただ、そう上手くはいかないのだろうし。
捨ててくれないのかもしれない。
お前なんか要らない。っと言いながら、捨てる事は無いのかもしれない。
かといって、大事に保管される訳では無いのだけれどね。
その辺に置かれて、移動する時に隅の方へ足蹴されて埃をずっと浴びていくのかもしれない。


そんなのは僕はご免なので。
だからね。

いつかその・この均衡を壊してしまうのかもしれない。

それが僕が自ら壊すのか。
結果的に壊れてしまうのか。

僕以外の何かが壊すのか。
僕以外の誰かが壊すのか。


Xdayはいつなのだろうね。


均衡の崩壊は予測不可能だ。

いやいや、今のこの見せ掛けの均衡自体既に誰にも予測不可能なのだけどね。

僕か。
僕以外か。だ。
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